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この季節

この季節、クマゼミの鳴き声が「もう起きろ、もう起きろ」と、耳元でせっつく。時計を見るともう7時を回っている。カーテンを開けると、年老いた人間をけだるくさせるような夏の空がすっかり広がっている。

 顔を洗って、キッチンでグレープフルーツを切る。なんか今朝は心が躍っている。気が付くと頭の中で、ビートルズの「I saw her standing there」が鳴っている。ははーん、このためなんだと気が付く。

 昨日you tubeでこの曲を聴いたのが、ずーっと続いているのだ。人は眠っている間に完全にリセットされるのではないのだね。では、眠っている間に、この音楽はどこにあったのか、鳴っていたのか。

 すでに今、体の隅々まで震わしているリズムギターの刻みは、眠りの間、自分の体の内で続いていたのか、それとも自分の外にあったのか。人は容易に記憶っていう言葉を使うけれど、記憶というのはじつに何と言うか…。要するに、どうして過去が現在に蘇るの。

 まあいい。こんな暑い夏の午前、難しくことを考えるのはよしたほうがいい。それよりも、いつものように朝食後は、庭の空気を吸い込みながら、メダカに餌をやる。

  餌めだか


 餌をばら撒くと、口をパクパク開けて群がってくるのが面白い。まるで新興宗教の信者だ。教祖から見るとこんな風に見えるのか。人間とはかわいい動物だ。キリスト教の神から見ると・・・いやそんなはずはないだろう。

 夏の花。サルスベリ。ムクゲ。ヒメムクゲ。クソカヅラ。サルスベリは紫がよい。

   サルスベリとムクゲ


 枝垂れ梅もこの時ばかりと存分に葉をつけお化けのようになっている。これがまた暑苦しい。


   夏の枝垂れ梅



 いつも〈初夏〉という言葉から連想するイメージ。

簾(すだれ)が微かに動く風通しのよい部屋から海を見ること。

氷の入ったガラスコップにコカコーラを注ぐ時の爽やかな音。…

 そこではキイス・ジャレットのピアノのタッチが調和する。その音は風に吹かれて部屋から夏空に抜けていって、後に残ることはない。気が付くと、いろいろな人種の人たちが、あちこちのテーブルや砂浜で、アイスコーヒーを前に、静かに話合っている。

 そんな空想をしていると一匹の蚊が腕にとまる。一瞬、針を皮膚に差し込むのを確かめて、パチンとつぶした。玄関先に蚊取り線香をたく。この香はいいものだ。それにしても、蚊はやはり好きになれない。

 子供のころ、扇風機の羽の白や薄水色がとても新鮮だった。それが電気屋さんの店で回っていて、前に付けられたリボンが揺れる。それが涼しげだった。今でも、それほど暑くないときには扇風機を回す。扇風機の首振りの微風を背後に感じるときは、なんと心地よいことか。

 この心地よさはエアコンでは決して味わえない。でもエアコンの心地よさというものもある。わが家に初めてエアコンが、当時はクーラーと言っていたが、クーラーが付いたのは、たしか中学三年の夏だったと思う。父が一つの和室を洋室に変え、その部屋に付けたのだった。

 小生は、夏休みを利用して、しばらく長野県に逗留していた。帰ってきて、あの和室がすっかり洋風の応接間に変わっていて、その部屋の涼しさ、というより冷たさに感動した。あの時の感覚は今でも肌に残っている。カーテンは細かいメッシュの黒色で、庭の景色もとても涼しげに見える。

 そして、新式のステレオから流れている曲は、とは言ってもその瞬間流れていたかどうかは、じつははっきりしないが、マントヴァーニ・オーケストラの「シャルメーン」だった。それがまた新鮮だった。…すべてはあの時代の日本人の夢だったのだ。

 夏の思い出は、芋づる式に次々と浮かんでくるけれど、書き続けてゆけば、あまりに煩雑になるだろうから、今はここまでにしておこう。



    「まくらのさうし」ふうに書いたつもりやけど…。


   

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