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この季節 2

蓮の花芽が一本出てきているのに気が付いた。今年はもう咲かないのかな、と思っていた。というのは、この春は、必要な根の間引き・土の入れ替え・肥料やりなどを、だいぶん手抜きしたから。

   蓮芽小
 

数年前までは、かなり熱を入れて世話をしていたけれど、このところ面倒になってきて、だんだんいい加減になってきている。それでも春になると、今まで連綿と続いてきたこの蓮を根絶するのは惜しいと思ってしまい、一根また泥の中に埋める。

まあ絶やしたところで、だれ一人として気にしないだろうし、それに種のストックはまだ山ほどある。しかし、やはり花芽が出てきて、それが日増しに大きくなるのを見るのは嬉しいものだ。

むかし真っ白なヒメ睡蓮を栽培していたことがある。あれは、蓮に較べると、花弁が直線的でキリリとしていて、その規則正しさは、貝殻のように、自然の幾何学性を主張している。それに対して、蓮の花は柔らかく、いわば包容力がある。

仏さんの台座に描かれているのは、蓮か睡蓮か解らないことがあるけれど、おおむね日本人にとって蓮のほうが仏教的なイメージを、極楽浄土を思わせるのじゃないかな。

いつのころからか、歳と共に夏の蒸し暑さに弱くなってきて、夏の一カ月は、スイスとかカナダとか北海道、長野の山中とか、とにかく涼しく乾燥しているところに逃げたいと思うことがよくある。まったく実行しないけれど。

しかし、〈この夏〉は、小生にとって特別だ。もう二度と夏を味わうことはあるまいと思っているから、クーラーのきいた部屋にばかり閉じこもらずに、この蒸し暑さを、この苦痛をしっかり味わおうと思う。

考えてみれば、どんなに苦痛と言っても、夏は一度でも猛烈に暑い日がなかったらつまらない、気の抜けたビールみたい。冬も同様、苦痛だが猛烈に凍てる日がなく過ぎ去ったら、つまらない。やはり日本には四季があってこそ、味わい深いものだ。

季節の変化がもたらす期待と惜別の情、これがいい。そういえば、いつも息苦しい夏がやってきたと思う頃、かえって期待することは、お盆を過ぎたら、あの虫の声が聴けるということだ。それがあるからこそ夏もウエルカムよ、と思う。

晩夏の夜、あの虫たちの合唱がなんと心地よいことか。以前、あの声を何時でも聴きたいと思って、録音して聴いていたことがあるけれど、ダメだね、録音では。やっぱりあの季節に、あの空気の中で聴かなければ。ゆく夏を惜しみながらでなくては。微かに感じる秋風のもたらす不安の中でなくては。

だから、いつも思うのだね、庭の雑草を取っている時、あまり取り過ぎると虫たちがやってこないから、完全に取らないようにしよう、奥の方は残しておこうと。





     


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