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歴史とは

このごろこんな風に考える。
歴史とは何だと問われれば、とりあえずそれは過去のことだ、過去の記憶のことだと答えよう。しかし、それはたんなる思い出ではなく、努めて思い出そうとしなければならない。思い出そうとすると、その姿はいよいよ鮮明に浮かび上がってくるが、絵画を前にしている時のように、ますます多くを語りたくなるが、いっそう語るに困難を感じるようになる。つまりより生き生きとなるのである。

 小生はだんだん歴史が好きになった。なんでこんなに面白く感じるのか。それは、歴史には決まり切った回答というものがないからでもあるし、また事件や人物の精妙さというか味わいは尽きせぬものだから、とも思う。あのとき、なぜ彼はああしたのだろう。あの事件はなぜあのような方向に進んでいったのだろう。あれこれ想像できる。そしてやっぱりあの人は、ああいう人にちがいない、どう表現しようもない、とにかくああいう不思議な独特な生き方をした人なんだ、あの事件は独特の色彩を放っている、と感慨を新たにする。

 ところで、過去の出来事は繰り返さない。この繰り返さないという点がとても大事な点だと思う。明智光秀があのとき本能寺に向かった。その事件は二度とありえないことである。明智光秀という人は二度と現れないであろうし、彼が生きた時代もあの状況も二度とやって来ないであろう。東条英機という人も二度と存在しえないし、ましてやあのときの各国の状況の絶妙な組み合わせが再びあり得るわけがないし、したがって〈あの戦争〉も二度と起こり得ないのである。すべては唯一、一回きりである。だからこそ過去の出来事を知ったところで何の役にも立たないのである。

 過去の出来事としての歴史は何の役にも立たない。このことはしっかり肝に銘じておかねばならない。二度とないということは、取り返しがつかないということだ。泣いても悔やんでも叫んでも、あのときを再び生きることはできない。懸命に働いたあの瞬間も、恋人とのあの甘い瞬間も二度と体験することができないし、死んだ母に二度と逢うこともできないのである。しかし、だからこそ、惜しいからこそ、あの時のことをより鮮明に思い出そうとするのだ。そこに様々な想いがまといつき、想いが思い出の創出に手を貸す。ここから歴史という尽きせぬ泉の味わいがそこに生じる。歴史というものは、そういうものではあるまいか。

 したがって、歴史を知ってこれからの行動の役立てよう、というのはお門違いである。この宇宙の歴史に二度と同じ状況はないし、同じDNAの配列をもった人間も存在しない。われわれは、つねに全く新しい状況に直面して、日々新たな工夫をしなければならない。過去の例を参考にするとは、たんなる気休めの効果があるに過ぎない。

 歴史を知る? それは必要なことかもしれない、しかしまたなんとおこがましい言葉だろう。われわれは歴史に流されるだけだ。もし歴史の流れが現実的な力をもつとすれば、それは巨大な津波のように圧倒的な力であって、われわれ人間がどうこうできるものではない。未来の状況を語る人は、新しい〈現実〉がやってきてそれに対処しなければならないときが来れば、おおむね以前の発言の虚しさを知るであろう。なんとえらそうな理屈を述べようと、ちょうど山にこもる修行僧が、誰もいないところでたまたま川で洗濯する女の脚をみて、谷から転落するように、圧倒的な〈現実〉の前では、われわれは無力である。

 自分ですらこうである。ましてや政治や経済の偉い先生方が、「五年後はこうなる」と様々に異なった意見を平気で述べているのは、無責任を通り越して、ほほえましく長閑な光景である。そのうち誰も思わぬ事が起きるよ。

要するに、現実とはけっして生易しいものではないし、未来は予見できない、という常識に還ればよいのである。


     


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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

その心は

やや淡青さん。こんばんは。
なんでか、この夏を乗りきっています。
このところ暑さも少し和らいで、夜はほんとうに気持ちがいいですよ。そちらは寒いぐらいではないですか。

、それにしても、さすが寺山さん、見事な言い回しですね。

仰るように、歴史書には嘘が多いでしょうね。しかし、そのような嘘を書いた心の真実はあるというか、その心理はいかにと推理する面白さはありますよ。
それより、政治は現在進行形の嘘だらけです。よい政治家とは、もっとも上手く嘘をつける人じゃないですかね。・・・

お久〜

久しぶりにうたのすけ殿の記事を拝見して、
知性のほとばしりを請けています。

知りえた歴史に多くの嘘があるということを
長く生きていると実感でき、歴史を学ぶことは
すでに止めている淡青です。

寺山修司の言葉を思い出しました。

ーこれから来る鬼(未来)だけが真実である。ー

まだまだ酷暑の日本、どうぞご自愛くださいませ。

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