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マコンデ彫刻 1

まずはマコンデ族の紹介。

アフリカの原住民の一部族であるマコンデ族は、そのむかし西の方からやってきたという。そしていつ頃からか、大陸の東部海岸に近い、現在のタンザニア南部からモザンビーク北部にかけての高原に住み着いた。その高原は、Nyasa湖からインド洋に流れるRuvumaという大河が国境を画している。

 約50万人といわれる(1970年代。現在はもっといるそうだ。)マコンデ族が住むその高原は乾燥して土地はやせているが、気候は温和で危険な野獣も少ない。なぜ彼らは水の豊富な川沿いで住まなかったのかというと、そこはマラリヤや眠り病などの感染が多いからという。

 彼らは、歯をやすりで研ぎ、顔や体にタトゥーを施し、成人女性は上唇に円盤を嵌め、この見かけで以て他から恐れられ、何百年と孤立を保ってきた。ポルトガル領であったモザンビーク側のマコンデ族はとくに遅くまで伝統文化を保ち、〈文明化〉されず、閉鎖的であった。1960年代の独立戦争によって、彼らの多くはタンザニア側へ逃れた。このことが彼らの文化を世界に広めるきっかけとなった。

 アフリカの諸部族でもよくみられるが、マコンデ族もダンスを好み、儀式では、踊り手はMapikoという仮面をかぶって踊る。Mapiko仮面は、木製の黄色かピンクで色づけされた丸顔で、とげとげの歯と伝統的なタトゥーを施され、われわれから見るととても不気味である。

 あらゆる民族同様、農耕儀礼・成人儀礼があるが、男子においては、何カ月の儀礼中、木や粘土で創った小立像でもって考えるよう教育される。それらは、日常の習慣や歴史に関係しており、具象的な像・象徴的な像・抽象的な像など様々である。

 マコンデ族の文化の源流とでも言うべき神話がある。

むかしむかし、Ruvuma渓谷のある所に、人というべきにあらぬ生き物がやって来た。彼は水浴びをしたこともなければ、髪の毛も伸びたい放題で、飲食すこぶる僅少であった。
 ある夕暮れのこと、彼はこの場所で立ち止まることにしたが、やがてとても退屈になったので、一片の木を取り、手でもってそれを削り、彼とほとんど同じ姿の像を創った。その夜、この像を傍らに立てて眠った。明くる朝、その像に生命が宿って、女性になった。喜んだ彼らは一緒に水につかり、彼は完全な男になり、彼女は完全な女になった。そして彼らはRuvumaの川岸に住むようになった。
後に、女に子供ができたが、生まれた子は死んでいた。それで、彼らは川岸の他の場所に移動したが、そこでも生まれた子は死んでいた。さらに他の川岸の場所に移動したが、生きた子は生まれなかった。ついに彼らは川岸から離れた乾いた高原に移住した。そこで彼らは生きた子供を産むことができた。この子がマコンデ族の始祖である。

 像が生命を得たのは立てて置かれたのであるから、彼らは死者にも生命が続くように立てて埋葬するし、川から1時間以上の距離をおいて住居を建てる。アダムのように男性が女性を創ったようにも思えるが、男性らしき生き物を男性として顕したのは女性である。マコンデ族は、多くの古代民族と同じように、女性を豊饒の根源と見る。母親は尊敬され、死んだ母親は女神のごとく崇拝され、完全な母系制である。個人とは女系のたんなる連結点にしか過ぎない。

 最初の母が木から生まれたという話は、彼らが儀礼の仮面や彫像を、もっぱら木でもって始めたことから生じてきたとは、大いに考えられるが、初めは木の種類をとくに選ばなかったようだ。ところが、最近(20世紀に入ってから?)ebony(黒檀)を彫刻家は好んで使用するようになった。

 この硬い木は、いつしか、堅固さと永続性の象徴となったからかもしれない、あるいは、外見上は決して美しくないこの木に特有な様々な形がマコンデ族彫刻家たちのインスピレーションを刺激するようになったのかもしれない。

 彫刻家たちは、野外にシートを敷いて仕事をする。彼らは一片の木を手や脚の上で何度も転がしながら見つめる。心が決まったら、大胆に鑿をふるう。彼はいわば木に宿る精霊の呼び掛けに導かれて仕事を進めるようだ。

 以上、Roger Fouquer 著『The makonde and their sculpture』(1972)に拠る概説。

 ところで、マコンデ族の彫刻家と言われるほどの人たちの作品がわれわれに知られるようになったのは、1960年代に入ってからで、とくに1970年(昭和45年)大阪万博においてタンザニアの芸術作品として出品され、一部の人たちの注目するところとなった。聞くところによると、彼ら愛好家らは1974年に「マコンデ友の会」を結成し、その後しばらくの間、展覧会などを開いていたそうである。現在伊勢市にマコンデ美術館を開いている水野氏もその一員であったとのことだ。それから数年後である、小生がマコンデ彫刻に出くわしたのは。





   


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