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壺狂い

 この季節になると、陽射しが伸びて、障子を明け放った部屋の畳は奥深くまで照らされて、部屋全体がとても明るくなる。空気は乾いていて、縁側で日に当っているのが心地よい。

 いなかの家では、離れ座敷の床の間に壺などを置いて眺めていたものだが、他人に住まわせてからというもの、そういうことはできなくなった。しかし、この季節、秋の午後、柔らかい日差しに当った床の間は、信楽の古い壺がよく似合う。そして、その情景がつねに瞼に浮かんでくる。

 思い返せば、いっときとは言っても、30歳前くらいからしばらく20年間ぐらいは、焼き物とくに壺にはずいぶんハマっていたものだ。今までどれくらいの壺を手に入れたり、手離したりしただろう。この期に及んで、かなり多くの壺だけでなく骨董がらくたを手離したが、どうしてもまだ手元から離れない壺が4個残っている。


 小生が骨董屋で初めて買ったのが、中国の明の時代のものだと思うが、小さな青磁の花器だった。それは、ほんとうに好きで買ったものではない。なんとなく一つ骨董といえるものが欲しかった。いろいろ迷っているうちに、店の主人がこれを買っておきなさいと言われるままに、買ったものだ。永らく持っていたが、いつぞや手離した。しかし、それを買ったおかげで、中国陶磁を書物や骨董屋や美術館などでずいぶん勉強させてもらった。たとえ5万円で買ったものを5千円で売ったとしても悔いはない。

 以後、いろいろな骨董屋を巡った。そしてレパートリーはずいぶん広がった。最終的に手元に残したのは、やはり日本のモノと朝鮮モノだな。さてその中での4この壺を紹介しよう。

   1.


小百姓 小百姓2


 これは、ある骨董屋で何度も手にとってみて、とても好きになった小壺である。好きになった物を、長いあいだ思案し、何度も触らせてもらって、ついに額に脂汗を書きながら買った初めてのモノだ。これは、江戸時代中期~後期の越前焼で、いわゆる〈おはぐろ壺〉だ。骨董屋の主人が、さすが貴方は良い目をもってますなぁと、おだてた。

 これのいいところは素朴な鉄釉がのって、小さいながら、灰冠り、釉だまり、ひっつき、火ぶくれがあって、見所が多い。幾つかの疵さえ見どころである。しかしそれらすべてがあまり派手ではないのが、この小壺のいいところだ。〈小百姓〉と命銘した。とはいえ、、冬の午前、これに椿の一二輪でも活ければ、あっと変身、たちまちのうちに〈通小町〉になる。

 もし三途の河の渡し守が、一つだけ持って行ってもいいと言ったら、これをもって行くかな、小さいから邪魔にならないし。

 2. 

秋日和2 秋日和3

これは、鎌倉時代の信楽焼。表面がずいぶんすすけていて、穴も空いている。たぶん、竹林かどこかに雑に捨てられて半分土に埋もれていたのではあるまいか。それゆえ釉薬はむろん艶もない。しかし、この土味とだいだいっぽい色は、まぎれもなく古信楽のものだ。もちろん古信楽には、もっと茶色~灰色っぽいものもあるが、この赤松色系に小生は惹かれるのであって、これこそ、秋の午後の柔らかい日差しに当って、最高の美しさを発揮する。〈秋日和〉と命銘した。


  3.

木曾殿1 木曾殿2


これもかなり初期に買ったものだ。たぶん11世紀の猿投(さなげ)窯か常滑窯か。とにかく平安時代のものは、猿投から常滑にかけて、今の名古屋の東側から知多半島にかけて、似たような土である。聞くところによると、知多半島有料道路を作った時に、ずいぶん窯跡があったそうだが、工事を遅らせるわけにはいかず、埋もれた焼き物をずいぶんつぶしていったそうだ。

 三筋壺という3本の筋が入った壺がこの時代のこの辺りによくあるが、この壺は5筋、しかもすべての筋が肩より上に引かれている。これは珍しい。この壺の魅力は、見ての通り、窯の中での激しい燃焼のために飛び散った小石と釉薬だ。口がきれいに割られているのは、おそらく骨壷か経筒入れとしてかに利用したものではあるまいか。このほうが蓋をしやすいだろうから。

  4.

一文字 一文字2


これは、朝鮮の李朝時代の壺というより大徳利か。灰色の上に刷毛ではいたような白い線が全体を取り巻いている。だからこういう柄を刷毛目という。この壺の特徴は、何と言っても、胴体にすっぱりと白い釉の部分が抜けているところだ。これをもって、小生は〈一文字〉と銘をつけた。朝鮮モノはかなり好きで、特に一般民衆が使った素朴な茶碗などが大好きで、小皿を何枚か持っている。漬物なんかを並べるとすごくいい。朝鮮の雑器の素朴な味わい、そのなんとなく侘びしげなところがいいとする柳宗悦に同意する。だから、王族の使用したあまりにも美しい白磁はむしろ好きではない、というか、一時は好きであったが、飽きる。

 それにしても、壺のよさというか、焼き物のよさは、見るだけではだめで、触らねばわからない。だんだん慣れてくると、見ると言っても、触るように見る。触覚で見るようになる。穴のあくほど見つめるのだが、その時の心境は、このモノを〈よく〉見ようとしていることである。この点が最高の魅力であるべきだと思おうとしている。これを恋心と言うのだろうか。悪いようには見ない。悪い所があるとしても、それには目もくれない。世には女狂いがいるが、彼らは、きっと女の肌触りに見果てぬ夢をいだくのであろう。それとおなじように、壺狂いにとっては、壺に、どんなに見ても、いじくり回しても、飽くことがない深遠を夢見るのである。

これは、まあ結局は、惚れた者の弱み。馬鹿者の道楽・・・。。

 
      

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コメント

焼き物好き

淡青さん、見てくださいましてありがとう。

いや、淡青さんの品品に比べたら、雑器もいいとこです。でも好きになったら、あばたもえくぼですねぇ。あの猿投は、首が完全になくなっているので、高価ではありません。李朝大徳利が高価でした、完品だからね。大きいものは全部手放しました、狭い家に置くところに苦労するから。焼き物は破片ですら面白いですね。どこのいつの時代のものか想像するのが。
さらにアップするのは、ちょっと恥ずかしいモノばかりですが、いつか気が向いたらアップしますので、お目汚しですが見てくださいまし。
淡青さんの花瓶だったか食器なども以前見せてもらいましたね。日ごろの生活に気に入ったモノを使うのは楽しいですね。

そろそろ寒くなってきて、木の葉が色づき始めました。紅葉が楽しみです。そうだ、紅葉と器の組み合わせを考えてみよう。
 

まさに拝見

どれも素晴らしい壺で、特に2番目(秋日和という命名もステキ!)の信楽焼のなんとも言えぬ赤みが写真でも見惚れてしまいますよ〜、

3番目は猿投だとすれば、先日見た「なんでも鑑定団」でかなり高価な値段がついていました。

私ブログへのコメントの承認と返礼のお知らせにこちらへ
立ち寄ってよかったー!、眼福させていただき満足しています。

また所蔵品の公開を楽しみにしております。

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