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葛城行き 1

あなたの〈心のふる里〉はどこですか、と尋ねられたら、さてどう答えよう。難しいところだ。ぼくのような遍歴の持ち主なら、一般には、自分が子供のころ育った田舎の町と答えるべきであろうが、ぼくは、どうも素直にこの町だと言えない。もちろん、この田舎の町は、ずいぶん昔と変わったとはいえ、中心の東海道沿いの家々はほとんど昔のままだし、周りの山山や川の形や色は同じで、見れば懐かしいし、しばしば想像裡に思いだす。

 祖母や両親は、死ぬまで(病気になるまで)、この古い家に住んでいた。中庭の主木であるモチの木は、昔とちっとも変らない。座敷の欄間、扁額、襖絵などを見ると、やっぱり子供のころが思い出される。父が初めてステレオを買ったとき、この座敷の天袋の下に、それ用に作った板敷きの上に置いて、アメリカのスタンダードナンバーやチャイコフスキーをよく聴いていた。もちろん、これらは大切な、懐かしい思い出ではあっても、この家を含めてこの町、この地域が〈心のふるさと〉と呼ぶには、なにか抵抗を感じる。ちょっと違うような気がする。

 なぜだろう。懐かしい、大切な思い出ではある。とはいえ、どうもあの家、あの地域から離れていたい、とも思う。ぼくと同じように田舎で育ち、都会に出てきて住みついた人は、共感してくれるだろうと思うが、あまりにも近しい、あまりにも親密だった所があるにもかかわらず、いったんそこから離れてしまった者は、ふる里は遠くにありて思うものという気持ちも確かに生じてくるし、また一種の後ろめたさも手伝って、反って離れ続けていたい、という気分に陥る。
ざっと言って、この所は好きにつけ悪きにつけ、思い出のいっぱい詰まった場所であって、大人になるまでの、ふる里(経る里)である。あえて〈心のふる里〉などと言う必要はない、と思いたい。

 そう考えると、〈心のふる里〉とは、むしろまだよく知らない所、しかし長い間なんとなく心が惹かれている所、憧れの地、たえず訪れてみたい地、要するに「ゆかしい」という古語がぴったりな地、そのように考えると、ぼくにとっては、飛鳥地方、漠然と奈良盆地一帯が、それである。とはいっても、足を運ぶようになったのは、ここ7~8年くらいのことであって、行くと言っても年に一・二回、だいたい周る場所を決めて、日帰りか一泊でいく。

 ただ、漠然と飛鳥地方とは言っても広い。その中で、このところずっと気にはなっていても、その一部だけしか行ったことがなかったのが、その南西方面の葛城である。その昔、葛城氏が勢力を誇っていた辺り。今の愛知県の尾張氏も元々はその辺りの出と聞いている。

葛城と難波(大阪)を結ぶ、竹内街道も一度通ってみたい。そこには聖徳太子ゆかりの御陵や墓が移し置かれた王陵の谷がある。古代に、いわゆる〈近つ明日香〉と言われた地方だ。そのまま西へすすむと丹比道(たじひみち)となり、今の堺市の百舌鳥古墳群(仁徳天皇陵が有名)に通じている。

         *地図4


計画を立てた。ついでに、まだ見たことがない四天王寺と仁徳天皇陵に参って、その足で、竹内街道を通り、葛城に行くことにした。一泊二日のドライブだ。(12.24-25)


          

          
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