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葛城行き2

一日目:朝8時すぎ:
名古屋出発→四天王寺(午前11時)→仁徳天皇陵、昼食→歴史博物館。午後2時までに、葛城方面(葛城山、一言主神社など)→夕方、橿原のホテルへ。

二日目:ホテル→橿原神宮→橿原考古学研究所付属博物館→(その時の体調次第で変更可能)→当麻寺、昼食→(竹内街道)二上山→午後3時ごろ下山→帰路。

しかし、実際は予定通り行かないもの。初めからいけなかった。ナビの指示通りに行ったら、大阪市内を北から南に縦断するコースを走らされたら、やっぱり渋滞していて、ここでだいぶん時間を喰った。ようやく四天王寺に着いたはいいが、こんどは駐車場にすぐには着けず、だいぶん焦った。

   四天王寺鳥居


四天王寺の西の入り口には鳥居があった。なんでお寺に鳥居があるのか、前のお菓子屋のおばちゃんに訊いたら、真西に入り日が見えるからという。ということは、この鳥居は四天王寺のためではなく、海に沈む夕日すなわち西方浄土のためにある、ということか。

  寺よりも 浄土に行きたし 冬の海

手水所で、中国人の女の子たちが、柄杓から口へ直接水を飲もうとしていたので、そうするのではなく、水をいったん手に受け、それで口を漱ぐのだよと、実演して教えてやった。彼女たちはすぐ了解して「ありがとう」と日本語で、さわやかに応えた。

これが聖徳太子の建てたお寺か、例の独特の建築様式なんだな、しかし、残念なことに、五重塔は修繕中で、すっぽりと鉄骨と布で被われていて、何にも見えない。

   四天王寺修理中


  修理日に 寺を拝むぞ おもしろき

広い境内を一周して、看板の図と説明で再確認をしていたら、そこでうろうろしている一人の白人女性旅行者がいた。五重塔が修理中で見れなくて残念だね、と話かけたら、何か恥ずかしそうに言っている。よく聞き取れないので、この寺は日本でいちばん古い部類のお寺なんだ、7世紀初めに一人の天才が居てね・・・、ところで僕はこれから車で、そう遠くない所にある日本で最も大きな御陵を見に行くけれど、もしよかったら連れて行ってあげるよと言ったら、喜んでついてきた。

駐車所の出口を出たところで、ナビをセットしたのはいいが、高速道路入り口周辺には分かれ道や交差点があって、どうしてもうまく高速道路に乗れない。隣に座る彼女の話に神経を集中させていたのも大きな原因だ。結局大きく二・三回同じ道を回り、ようやく高速に乗れた。恥ずかしく大汗をかいた。まあ、事故を起こさなかったからよかった、と考えよう。

  緊張で 大汗をかく 寒の路

聞くところによると、彼女はフィンランド人だ。学校ではまずフィンランド語とスウェーデン語を、次に英語を学んだ。どうしてそんなに英語が流暢に話せるのと訊いたら、英語の映画をよく見たとのことであった。(学校時代、フィンランド語字幕付きの英語の映画をよく見た?と)

御陵と思われる松林が見えてきた。うまい具合に、仁徳天皇陵のすぐ前の専用駐車場に入れることができた。しかも、そこではヴォランティアのガイドが何人かいて、いろいろ図を見せて説明してくれたのが有り難かった。ぼくは彼女に得意の独断的・自己流の英訳をしてあげるだけでよかった。解ってくれたって? さあどうかな。

   仁徳天皇陵


  厚着して 説明を聴く 御陵前

それから、ガイドに奨められるままに、前にある博物館に入った。展示物をゆっくり見て、ここの古墳群の映画を見た。世界遺産登録に精出しているようだ。二時から始まって、15分くらいで済んだが、まだ昼食もとっていないし、出来れば他の歴史博物館も行きたいと思っていたが、もう時間がない。すぐ横のカフェに入って、飲み物を飲みながら、彼女と話をした。彼女は日が暮れるまで、小生の行くところに付き合おうとしているかのようであったが、小生は、葛城は大阪からはちょっと遠いし、一人でゆっくり歩き回りたい、申し訳ないが、ここでお別れしなければならないと、説明した。もちろん最寄りの駅への行き方は、カフェの人に訊いて教えてあげた。

   道連れと 別れていそぐ 冬の午後

遅くなった。真っ直ぐに葛城に向かった。まず葛城山にロープウエイで行こうとした。しかし、駐車場がだいぶん乗り場から下の方に離れたところしかない。ロープウエイは動いているようだが、ぜんぜん人(ひと)気がない。何だか、乗る気が失せた。それで一言主神社に参った。ここには葛城一言主大神が祀られている。その昔、雄略天皇ですら、その御前では畏まったほど神威があったが、いつしか(平安時代に入って)仏法呪力を体得した役小角(えんのおづぬ)にこき使われるほど、力を無くしたという。

   一言主神社


   山の神 冬籠りして 時をまつ

それから、その辺りをぐるぐる廻り、冬の夕闇が迫る葛城の空気を吸った。橿原のホテルへ行く途中、葛城市歴史博物館に寄った。

   大和路の 独り歩きに 暮迫る

橿原神宮駅のすぐ近くのホテルに着いたのは、六時を少し回っていた。辺りは真っ暗で、駅前の広場も森閑としていた。しばらく部屋で休憩をしてから、食事に出た。しかし食堂は一軒もない。しようがないので、駅を一巡するように歩いた。しかし、車は走っているものの、明かりがあまりなくてしんとしている。ようやく駅の向こう側に一軒麺類の店があったので、ちょっと迷ったが、さらに歩いても他の食堂は見つからないかもしれないと思い、ここに入った。お客は一人いるきりである。小生が入ってしばらくして、その客は出ていった。お客一名にたいして店員二名とはさみしい限りだ。駅の近くで、こんな帰宅時間に、いつもこんな調子なんだろうか。

   とにかくに 夕餉を食し 安堵する

  
         

         
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