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家隆の二首

  桜花夢かうつつか白雲の
       絶えてつれなき峰の春風


 本当に桜花であったのか。あれは夢ではなかったのか。いやあれは白雲だったに違いない。というのは、それがどこかに消えてしまったのは、風が運んでいったからだ。この風。私の頬にふれる峰から吹いてくる風。この感触は夢ではない。そしてこの春風は私の想いになんとそしらぬ様子で吹いていることか。いや、つれないのは雲と風の共謀か。それにしてもあの桜花の幻影は眼の底にまだ揺曳している。この歌の調子がとてもよい。「つれなき」が「常なき」となっている伝本もあるが、「つれなき」のがいいと思う。

   旅寝する花の木蔭におどろけば
       夢ながら散る山桜かな


 旅の途中、桜木の下で寝ていて夢を見た。その夢は満開の桜が突然散る夢だったのだ。その夢にハッとして目が覚めた。見ると桜はかすかな風に散り始めていた。夢も現も花は散るのだが、〈おどろけば〉という言葉が効いていて、ハッとして目が覚めて見る景色の万華鏡的効果がこの歌の魅力である。

 この歌からただちに連想する歌は、『平家物語』の忠度の〈旅宿の花〉

  行きくれて木の下蔭を宿とせば
     花や今宵の主ならまし
 

これは忠度が敵兵に討たれた後に、箙から発見された歌であって、忠度のそして平家の運命を予見している。源平の合戦という日本中が血で染まったような、今なおわれわれ日本民族の心の底に暗い主調低音となって響き続けているような大きな出来事。これに耐えて生き続けてきた当時の人々のよりどころとなったのは、もちろん仏教もそうであろうし、それより小生は大きな二つの同時代の文学、『新古今和歌集』と『平家物語』だったと思う。


       

       
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