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中秋の名月に想う

毎年この季節の満月のやわらかい神秘な光のなかにいると思い起こされることがある。
それは自分が生まれる以前、父と母もこの月の光に照らされて手を取り合っていたであろう姿。
それから、もっとずっと以前、古代エジプト王朝の王子がこの月の光の中に亡き許嫁を想っている様子。

昨夜の駄句を・・・ 
 月影に父母の面影あらはるる
 澄む月の光を慕ふすすきかな
 名月に虫も鳴く音をひそめをり
 世を照らす月に仏の示現する

そこで思い出されるのが、あの芭蕉の「月影や四門四宗も只一つ」なんですが、これは圧倒的に深みがありますね。なんでこんなに素直な5・7・5でかくも人性の深きに到達することができるのか不思議ですね。
この句に比べると、小生の駄句はじつに薄っぺら、百倍も素人であることが一目瞭然ですね。

ついでに小生の一番好きな俳句を(やはり芭蕉の有名な句)

「夏草やつはものどもが夢のあと」

・・ひとは夢を抱いて一生懸命生きる。世界という己の頭にある舞台の上で活躍したり悩んだりしている。しかし歴史というわれわれを遥かに超えた巨人の歩みの前では人間の営為とはなんであろうか。そしてまた歴史も自然の前では一片の夢に過ぎないとしたら・・・だが、われわれは生きねばならない・・・

いかな歴史哲学者もこの句の深みに到達していようか小生は知らない。
あの百万言を費やしたト翁の「戦争と平和」もこの一句の高みに収斂されていくように思われる。もちろんそれに至るプロセスの面白さは西欧のものだ。

それにしても、理屈ではない文芸というもののもつ力は不思議だ。
キリスト教のように宗教というものを行為だとするとどうしてもイエスのごときパラドックスな表現になるが、 その一歩手前に踏みとどまると歌の道になるように思う。     



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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

カクシュウ

月の光はじつに昔の人を思い起こさせる力がありますね。
そして昔の人とはわれわれのうちに生きて働く力ではないでしょうか。

深夜の空気は心地よかったです

こんばんは。
夜型になっている最近、深夜、何時もの様に白檀香を焚きながら網戸にして空気を取り入れていると、やはり秋を感じさせる寒がありました。

>月影に父母の面影あらはるる
>澄む月の光を慕ふすすきかな
>名月に虫も鳴く音をひそめをり
>世を照らす月に仏の示現する

 月には失われた物への哀悼の思いが募る力があるのでしょうか。
亡き人への思い。これを失うのは嫌ですね。これまで生きてきた自分を失う様で嫌です。

 丁度、中川昭一氏が亡くなられ、惜しむ声が多い中、私は独り、亡き人々に託された様々な事を、どこまで実現できるのだろうかと考えていました。

 人は亡くなるとき、その後の世について不安を思う様です。それを口に出すか、出さないかは個人差がありますが・・物事には、生きている内に出来ることと、死んでからでなければ出来ない事が有ります。

 生きている内に出来ることは、この世で如何に身を処すか、志を遂げるかの自由な選択。これは非常に重要なこと。
死して出来ることは、それ以降の人間に自分の評価をされることです。こちらは、廉恥を知ればさほど恐れなくても良いですが。^^;

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澄み濁るをば神ぞ知るらん

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