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宇佐神宮由来

宇佐神宮は三殿の御殿があって、向かって左から第一、第二、第三とそれぞれ、応神天皇、比売大神、神功皇后が御祭神である。
宇佐の地にはもともと御許山(おもとやま)の磐座(いわくら)信仰があったらしい。・・・・そして何時ごろからか(神代に)比売大神(ひめおおかみ)が天降(あも)られた場所という伝承が生まれたらしい。

宇佐神宮のパンフレットには、欽明天皇の御世、西暦571年に八幡様すなわち応神天皇の御神霊が宇佐の地に御示現された、とある。

早くから大陸文化がこの地に流入し、仏教信仰が盛んであって、ここ宇佐神宮は神仏習合の発祥の地といわれている。或いは聖武天皇が大仏建立の発願と宇佐八幡宮への協力依頼から。

ともあれ、聖武天皇の御代に宇佐神宮はクローズアップされる。
藤原氏の陰謀による長屋王一族の虐殺、ついで南からやってきた天然痘の流行による藤原四兄弟の突然の死、大宰府における藤原広嗣の乱とそれに続く聖武天皇の5年におよぶ不可解な彷徨とその間の大仏造立の発願。このとき宇佐八幡宮と聖武天皇との強固な結びつきが生じる。

聖武天皇の一時代前は、天智・天武の時代で、このとき以来、日本は百済勢vs新羅勢の権力闘争の場となっており、天皇の権威はすでに利用されていたのではないのか?聖武天皇の不思議な動きは、そのことと関係があるような気がしてならない。


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