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マインドコントロールの効用 5

 われわれはとにかく何らかのマインドコントロール下に置かれている。そして、それを意識的に全国民に及ぼそうとしているのが、いわゆる教育である。教育とは洗脳なり。そして、これは近代国家のみならず、古代から、おそらく人間がこの世に出現してから大なり小なりあったのではなかろうか。

 教育とは何ゆえあるのか。これがない状態を想像すればよい。人々は集団をなして生きている。他の生き物はどうか。お魚や昆虫や植物はどうか。同じ自然環境下であれば、集団はより大きくなり、分化していくように見える。生物である人間もそのように思われる。地球上の人間社会は、地域ごとに異なった教育方針があるとはいえ、教育がない国はない。その目的は集団をより絶滅から遠く、より長く存続させるためにあるように見える。それが根源だ。近代国家はその上に様々なヴァリエーションを施してきたが、近代国家においてもアマゾンの原始人においても、おそらく石器時代の集団においても、根本は同じである。そぼ根源とは何か。

 それは道徳といわれるものではなかろうか。人は嘘をついてはいけない。人は人を殺してはいけない。…これらはみな禁止である。何故したいことをしてはいけないのか。その理由を考えてみるに、嘘をついては円滑に物の交換や売買ができない。気ままな殺人が許されれば、残るは最後の一人だけになろう。それは種の絶滅を意味する。もちろん、例外はあろう。この個体を生かしておけば集団そのものが危うくなると集団が認めた場合である。しかし、それらの理由は漠然としていて、あくまで後付である。理由はわれわれ頭脳人が後で何とでも言うものである。じっさい道徳的強制が生じるところは、言葉や人類が生まれる前、おそらく集団をなして生きる生き物においては、そもそも始まりから、つまりそれは言わば本能の領域のことだ。

 要するに、道徳とは人間が後で作ったものではなく、本能といわれる生物学的領域のものだ。人間においては、何何してはいけないというのは、はっきり言ってしまえば、ことの善悪から逃れることはできないということである。「これは善いことか悪いことか」をどうしても考える。もちろん悪いこともするが、それが悪いことであるということを本能的に知っている。だからこそ人前にも自分に対してもそれは本当は悪いことではなかったのだという理由をでっち上げようとする。それほど人は善悪の観念にとらわれている。それは人間種を存続し続けるようにするものであり、生物としての人間に与えられたものであり、働き蜂の動きを規定するものやライオンの狩の共同作業という形態と同じ意味がある。
 (・・続く・・・)
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テーマ : 文明・文化&思想 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

未来=未だ来ない

われわれは本当に先を厳密に予測することができませんね。だからこそ生きていることは創造なのでしょう。もし答えが分っている人生なんていうものがあれば、生きていてもしようがないですね。

こんばんは

うたのすけさん

>乱世でも平和時でも変わらぬもの

必ず存在すると思います。
ただ、人それぞれによって、それを会得する手法が違うだけで、本質は似たものだと思います。

>〈社会のおける人間〉ではなく、〈人間における社会〉の存続

 「人は國が無くても存在できるが、國は人が無くては存在できない。」
人間がないがしろにされた社会は、寿命を迎えたと言えますね。
しかし、新しく生まれるべき社会体形が一体どんな物なのか?と問われても、即答できる様な簡単な物じゃないですもんね。

 現状の人間でなし得るレベルから、10年後、20年後と徐々に高めていかないと、無理が生じて、善い物であっても叶いませんからね。私も恩人の故人から其れに似た宿題を仰せつかりましたが、答えは出ていません・・・

Re: 乱世と平時の教育の差

お説のとおり、人間は不幸ですね。しかし、乱世でも平和時でも変わらぬものを大切にしたいと思います。いま小生、〈社会のおける人間〉ではなく、〈人間における社会〉の存続についていろいろ考えています。

乱世と平時の教育の差

こんにちは。

 教育はマインドコントロール。
そうですよね、教育の方針、教科書、教職の採用、これらは全て国家が関わっていますから。
乱世における教育は、如何にして生き残るか、相手を詐術で騙してこちらの思惑を通すか。こういった教育や書籍が売れます。
平時に於いては、如何に現体制に対し反乱意識や疑問を持たない人物の育成が目指されますものね。

 下手に、自己を完成されるのは、国家にとって危険な事でありますからね。でも、それを怠った結果が、大人の体をした、精神的に未熟な人間を育てる事になってしまったのですが…皮肉ですね。

>道徳とは人間が後で作ったものではなく、本能といわれる生物学的領域のものだ。

 僭越ながら私もそう思います。その証拠に、動物界に於いても同属の共食いは忌諱されている様に見えますし、必要以上の殺生はしません。(足を知る)
人間は社会を作り出さないと一個体では弱く生き残れないので、法律まで作って大規模に共存する為の束縛を自ら生み出しました。

 しかし、教育の弊害と一緒で、法律を作っておきながら、法律によって身動きが取れない愚を犯しているのも、古くからの戒めで伝わっているのに、未だに繰り返しているところが、人間は昔も今も変わらない所だと思わされます。

 そう言う意味で、不幸な種族ですね。人間という動物は。

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