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ムハンマドとアラブ

 ムハンマドが生きた時代にアラビアの砂漠での生活はどんなんだったのだろうと思う。不毛な砂漠で生きることは何といっても死と隣り合わせだったのではあるまいか。 

 イスラム法では一夫四妻まで容認されるのは、飢えや部族間抗争で男が少なくなっても絶滅を避ける生物学的智慧からくるものらしい。決して遊び心を奨励するものではない。孤児は部族全員で支える、豊かなものは貧しい人に収入の何割かを与えねばならない・・・啓示宗教コーランは法になる。

 ある先生によると、6世紀末期に紅海沿岸の交易拠点としてメッカが栄え、その繁栄がアラブ人を遊牧生活から商人に変え、価値の転換が起こってきたこと、そしてまた貨幣経済による富の蓄積がアラブのインシャラー(すべては神の思し召し)の中に自らの力で運命を切り開く思想が芽生えてきたこと。いわば自然共同体意識から金銭崇拝的利己主義が発生してきたこと。これが部族間、氏族間、個人間の闘争を激しくすることになった。
 これに対する危機意識が人々の心に生じてきたとき、鋭敏なムハンマドは大天使ガブリエルの啓示を受けたのだった。

 ムハンマドの死後、ペルシャやビザンツに対してアラブはいわば自己に目覚めた。そうして瞬く間にイスラム勢力は西は地中海を経てスペインに至り、東はイランを越えるほどにもなる。この低文明のアラブ民族が、地中海東岸の高度な文明に埋没することなく、征服することができたのは、その一つの要因として、被征服地域の文明を排撃せず、なぜなら他国であれどこであれこの世に存在するものはみなアッラーの思し召しであるから、(それを破壊することなく)、巧みに吸収していったイスラムの寛容さにあるという。
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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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