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マインドコントロールの効用 6

 さて人間の世界である。われわれはエゴイズムの塊である。そしてまた社会を表面的な部分ではあるが頭で考え行政組織を創りだしている。人々のエゴイズムを認めつつ、かつある程度抑圧し、最も公平な社会とは何かと、絶えず模索している。われわれの社会は、蟻やアザラシやお猿の固定した、あまり変化のない社会とは違って、変化しうる。少なくとも国家による体制は様々でありうる。もちろん社会体制などというのはオーバーな表現かもしれないが、人々の価値観が変われば、やはり体制が変わる。
 この変化するということこそ、人間社会の特徴ではなかろうか。それは人間が不完全なものだからではない。むしろそれだけ積極的であるからではなかろうか。人間という種族に内在する生命のエネルギーがそれほどまでに躍動しているからではなかろうか。
試みに想像しよう。もしすべての人間がそれの属する既存の社会秩序を守ることのみに生きているとしたら。理想的な蟻の社会のようにその集団の現在の組織を維持することのみに全力をあげているとしたら。そのとき社会は完璧と言えるかもしれない。少なくとも、とりあえず秩序は保たれ安全ではあろう。しかし、しかし実はそこでストップしてしまうのではないか。そこで人間社会は停滞してしまうことうけあいである。
 人間以外の生物においては、社会形態が変化しないということは、環境がもし激変した場合、緊急に対応が出来ないということである。蟻族や蜂族は、それでも種を生きながらえるように願う生命という神が助けてくれるかもしれない。しかし、人間はこの世の中で最も弱い生き物である。一番初めに絶滅するかもしれない。人間は肉体的変化をあまり期待できないような気がする。なんとなれば頭脳で環境を変えて肉体を保護しうるから。だがまあ、それは実際はわからない。生命という神がいざという時、救いの手を伸べてくれるかもしれない。
 それよりもむしろ、多種多様な生命はその多様性を絶えず増しているようにもみえる。だから限られた地球環境において、一方では生命は種を維持し、他方ではその変容を求めているようにみえる。

 人間社会に限っていえば、じっさい社会は常に動いている。なぜか生命は人間の内部からひっきりなしにエネルギーを出していて、人は新しいものをつねに生み出すようになっている。小生はつねづね思うのだが、犯罪人や病人は決して無くならないであろう。こういった社会からはみ出る人たちが出るということは、天才奇才が出るということだ。これらの人が今までにない価値を生み出すのだ。今現在多くの人の顰蹙を買うような言動も将来どのような価値を生み出すか、今その時は解らないものである。そのような変人が沢山出現してくることをわれわれは歓迎すべきなのだ。
 今どきは秀才天才を生み出す勉強方などというような本がよく売れているそうだが、それは人のエゴイズムに媚びるだけで、生命の本質に触れるものではない。じっさい効果的な勉強法はあるのであろうが、思いも寄らない奇策は生命の領域に属している。心配しなくても犯罪者や病人が出てくるかぎり、同様に秀才天才も出てくるものだ。社会秩序を逸脱する者が居なくなれば社会は停滞してしまうであろう。
 有性生殖が様々なヴァリエーションを生み出し種が保存されるように、社会をはみ出る人たちが社会に活力を与え生き延びさせる。人は一方で社会秩序の安定を求め、他方ではその発展を求めている。発展のあるところ撹乱は必定だ。


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