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日本、二つの敗戦 1

わが国は二回の手痛い敗戦を喫している。

①  663年の白村江の戦い
②  1945年の大東亜戦争

 それぞれ、いまや明らかにされることだけど、少なくとも長引けば負けると判っている戦いだったとか。・・・なぜ負けるとわかっていた戦争をしなければならなかったのか・・・。

 今も昔も、朝鮮半島の位置がわが国の防衛に重要な意味をもつ。

 これは小生の想像の物語ではあるが・・・・
 白村江の戦いにおいては天智天皇がすでに滅んでいる百済を助けに行ったのは、もちろん百済が救援を求めたからだが、それにしても作戦が酷い。どうもそこには反天智勢力が絡んでいたからではなかったか。負けてから天智天皇は唐新羅連合軍をいたく恐れ、多くの防壁を築き、大津宮に遷都する。国の疲弊、重税、労働は激しく、庶民の反感は高まったであろう。
 そのように仕組んだのは他ならぬ新羅勢力だったかも、その背後には後に天武天皇となる不気味な人物がいた。この人は、この人が編纂を命じたと書かれている正史!『日本書紀』においてさえ、その出自が明確でない。天智の弟とされているが、年齢があやふやだ。誰この人?あまりに新羅と仲がよすぎる・・・ひょっとして新羅人?しかし、『書紀』が完成したのはもっと後で、その時実権を握っていたのは藤原氏。藤原氏は鎌足が祖、すなわち百済人。ではその真意は?

 従来の通説に疑問を投げかける歴史家は多く、これからどのような新発見がなされるか楽しみだ。関裕二氏は、日本書紀は天武天皇が己の正当性を述べるために書かれているとしては出来が悪すぎる(あまりにつじつまが合わないところが多く、一貫していない)と言う。確かに『古事記』にくらべると一作品としてすっきりしていず、話が小刻みで異説が多すぎる。
 きっと『日本書紀』は嘘だらけなんだろう。しかし、だからといって、その重要性も減らないし、読み物としての面白さも減りはしない。嘘だらけだとしても、どうしてそのような嘘を書く必要があったかという心理的事実は確実であって、いよいよ歴史家の想像力を刺激して面白い。


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