スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本人とキリスト教 2

 別の角度から考えましょう。いま世界のキリスト教国の最たる国アメリカの世界戦略はあまりにもその負の側面が前面に出ていて、人はキリスト教は恐ろしい、一神教国は一途に他の国や民族に暴力をもって己の価値観を押し付ける、などと言いますね。
 小生はここに、初めに引用した藤村の言葉を思い出します。宗教は初めは清く、末は濁ると。まことにその通りと思うのですが、しかし末に至っても初めの清さがまったくゼロになってしまうとは思えません。

 先日、太平洋戦争の専門家H.K氏に、戦争中の日本の捕虜の扱いについて尋ねたのです。
 昭和十七年「死のバターン行進」として海外から批判を浴びている捕虜虐待が有名ですが、キリスト教国は捕虜の扱いについての法がすでにあって、彼らから見ると、わが日本軍は法を守っていないという事になります。H.K氏はその法である「ジュネーヴ条約」を日本は批准していなかったから法的には非難は当たらない、しかしそれに準じた扱いについては意思表明をしている云々と、おっっしゃってた。いずれにせよ、予想外の多くの捕虜をどうしていいか分からなかったというのが本当のところでしょう。捕虜をいわゆる虐待することについての善悪観をもっていなかったとしたら、それは悪いことではないと思います。それはいわばいまだ知恵の木の実を食べていない状態だと言えます。

 では、どうして欧米諸国に、たとえ戦争相手国とはいえ、捕虜を保護する取り決めが生まれたのでしょう。幕末、漂流民を保護せず見殺しにした日本政府(幕府)を欧米は野蛮行為とみなし、日本を文明国とみなさず、ために日本は不平等条約を結ばされる一因になったですね。もちろん日本にも武士道なるものがあって、とくに高位の敵兵を鄭重に扱うことはよくあったと思います。ただ、それはあくまでいわば個人的な紳士的態度であったわけで、それがあまねく組織的に法整備されるようになったのは、何と言ってもキリスト教国においてではなかったでしょうか。
 そして、その根底にあるものはキリスト教の教えから由来する西欧のホスピタリティではないでしょうか。

 しかし、ここに乙に構えている言葉があります。それは、よわき者への労わりというのは、積極的な善ではなく、自分が弱い立場にたったときの為である、というものです。要するに偽善ではないかということですね。こういうこと、言うところのニヒリズムの哲学もまさにキリスト教の罪問題の中心思想であって、これこそ日本人に欠けているものではないでしょうか。しかし今はこの発展問題も一応おいておきましょう。

 とにかく、あらゆる現代文明を侵食しつつある西洋文明の源は、エゴイズムのみではないと思うのです。国家は百パーセント、エゴイズムで動いていると思いますが。日本人はお人よしで、むしろそこが分からないのは、じつに逆説的ですが、まさにキリスト教的自己欺瞞の探求が欠けているからではないでしょうか。  ・・・続く
 


     
   

人気ブログランキングへ
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 文明・文化&思想 - ジャンル : 学問・文化・芸術

コメント

No title

今の民主党政権は外交はまったく駄目みたいですね。国益を大いに損なうことによって、そのうち国民にしわ寄せがくるような気がします。
同感です。外国を見習って外交の勉強をしなければなりませんね。日本に外交のエキスパートを養成する学校をつくるべきだと思いますが。

No title

明治の初めまで、西南の役までは日本には捕虜という概念はありませんでした。つまり捕えた敵兵は全部殺していたわけです。それが日露戦争になると、例えば松山ではロシア兵捕虜は自由に外出まで許可されています。日本の外国を見習う変わり身の速さに関心いたします。今の危機もその調子でうまく乗り切って欲しいものです。

No title

わかりやすかった米ソ冷戦時代と違って、今はアメリカ、EU、中国を始めとするBRICS、アラブなどいろんな地域が自己主張をし、その中で日本はどう生き残るのか難しい所です。民主党政権は、何の戦略もなくアメリカから離れ、中国に接近をしようとしているが、実に危なっかしいですね。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

プロフィール

うたのすけ

Author:うたのすけ
世の中の人は何とも岩清水
澄み濁るをば神ぞ知るらん

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。